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2006年12月28日 (木)

観音寺

寛政七年紀行
「寛政七年紀行」は一茶33歳の寛政7年(1795年)、観音寺の専念寺を起点にして、5年前に世を去った俳諧の師二六庵竹阿の門弟・知人を訪ねながら金比羅道を歩き松山の栗田樗堂を訪ねた旅の覚え書きである。

元日やさらに旅宿とおもほへず 一茶
Issa01  
句碑は観音寺市専念寺にある。昭和21年住職、地元有志が建立。
専念寺の住職五梅和尚は江戸遊学中、竹阿について葛飾派の俳諧を学び、その後しばしば師を観音寺に招いて歓待した。
五梅はこの縁で同門の一茶も厚く遇した。
この句は一茶が元日に詠んだ「寛政七年紀行」巻頭の句である。

 乙卯歳旦 於専念精舎
 今日立春向寺門 々々花開愈清暾
 入来親友酌樽酒 豈思是異居古園
  元日やさらに旅宿とおもほへず

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